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東京地方裁判所 平成10年(ワ)15960号 判決

原告

株式会社甲

右代表者代表取締役

寺内敬

右訴訟代理人弁護士

八代宏

被告

株式会社乙

右代表者代表取締役

白川和彦

右訴訟代理人弁護士

清起一郎

被告

丙山太郎

右訴訟代理人弁護士

松山憲秀

主文

一  被告丙山太郎は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告株式会社乙に生じた費用を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告丙山太郎に生じた費用については、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告丙山太郎の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告株式会社乙は、別紙物件目録記載の顧客名簿を使用してはならない。

二  被告株式会社乙は、別紙物件目録記載の顧客名簿を廃棄せよ。

三  被告らは、原告に対し、連帯して金一六五〇万円及びこれに対する被告乙については平成一〇年七月三〇日から、被告丙山太郎については同月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告らに対し、原告の保有に係る、別紙物件目録記載の顧客名簿(以下「本件顧客名簿」という。)を、原告から不正に持ち出して被告乙(以下「被告会社」という。)に売却した被告丙山太郎(以下「被告丙山」という。)の行為、及びこれを被告丙山から買い取った被告会社の行為が、いずれも不正競争行為(共同不法行為)に該当すると主張して、被告会社に対し、本件顧客名簿の使用の差止め及び廃棄を、被告両名に対し損害賠償の支払を請求した事案である。

一  前提となる事実(証拠を示した事実を除き、当事者間に争いはない。)

1  当事者

原告及び被告会社とも、美術工芸品の販売等を業とする株式会社である。

被告丙山は、約一五年間にわたって原告に勤務し、平成九年一〇月二八日に退職した(退職時には商品企画部特別開発担当次長の地位にあった。)。

2  本件顧客情報

原告は、過去に同社の商品を購入した顧客等の住所、氏名、電話番号、購入歴、顧客コード及び商品コード等の情報(以下「本件顧客情報」という。)を、同社専用のコンピューター内にデータベース化して格納し、管理している。原告は、右顧客情報から選別した多数の顧客に対して、美術工芸品のカタログをダイレクトメールで送付して商品を販売することを主たる業務としている(甲三)。

3  被告会社の行為

被告会社の代表取締役白川和彦(以下「白川」という。)は、平成九年八月ころ、インターネットを通じて被告会社の概要を知ったとする者から、本件顧客情報の一部を含む顧客名簿を買い受けた(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  本件顧客情報は営業秘密に該当するか。

(原告の主張)

本件顧客情報は、原告が営業活動を通じて独自に収集し、厳格な管理をしている非公知の情報である。

原告は、本件顧客情報を自社の専用コンピューター内にデータベースとして格納し、管理しているが、①本件顧客情報は、毎月変更される個別のパスワードによってのみ取り出せ、第三者は本件顧客情報を取り出せないこと、②コンピューター端末に表示される内容は、社内の部門ごとに、必要最少限の情報に制限されていること、③顧客情報の出力及び社外持ち出しには一定の手続を要し、出力した顧客情報の保管及び処分も厳格にされていること、④顧客情報の秘密管理に関して就業規則で定められていることなどから、本件顧客情報は秘密として管理されている。

本件顧客情報は、通信販売を主たる営業形態とする原告にとって、最も有用かつ重要な情報である。過去に一度でも美術工芸品を購入した顧客は、美術工芸品に興味を持ち、再び購入する可能性が高いので、これらの顧客に関する情報は、有用な情報といえる。

よって、本件顧客情報は営業秘密に該当する。

(被告丙山の反論)

本件顧客情報と同種の情報は、容易に入手し得るので非公知とはいえない。

本件顧客情報は、もともと公知であるから、原告が情報流出を厳格に制限したとしても、秘密として管理したことにならない。

本件顧客情報は、通信販売業者が網羅的にダイレクトメールを送付する先を並べた単なる宛先リストに過ぎず、かつ独自の発想と方法に基づいて体系的に整理されたものではないので、販売に直結するとはいえず、有用性はない。原告の取り扱う商品は、美術品として価値の低い、どこでも手に入る商品や、商品価値を失った商品であり、このような商品に関する単なるダイレクトメールの送り先に関する情報は、法の保護に値する有用性のある情報といえない。

2  被告らの行為は、不正競争行為に該当するか。

(原告の主張)

被告丙山は、平成九年八月二〇日ころから同年一〇月三一日ころまでの間計四回にわたり、原告の商品企画部特別開発担当次長という立場を利用して、正規の手続を採ることなく、実際には顧客情報を第三者に売却する意図であったのにもかかわらず、情報管理室の操作担当者に虚偽の事実を述べて顧客情報を取得して密かに社外に持ち出した。被告丙山の行為は原告の管理に係る顧客名簿を窃取し、詐欺により騙取したものであって、不正の手段により営業秘密を取得する行為に該当する。また、被告丙山は、被告会社代表者である白川と会い、顧客名簿約八六枚を合計数百万円で被告会社に売却し、もって本件顧客情報を開示した。

被告会社代表者である白川は、被告丙山をして顧客名簿を開示させたが、被告丙山が不正の手段により原告の営業秘密を取得した事実を知っており、少なくとも知らないことにつき重大な過失があった。被告会社は、本件顧客情報を使用して営業を行った。

(被告丙山の反論)

否認する。

(被告会社の反論)

被告会社は、本件顧客名簿が原告の営業秘密に属すること、及び被告丙山が不正の手段により取得したことについて、知らないし、知らないことにつき重大な過失がない。

3  損害額はいくらか。

(原告の主張)

(一) 逸失利益

被告らの行為によって原告の被った財産的損害(逸失利益)は、以下のとおり算定されるべきである。

(1) 被告会社は、原告の顧客名簿を利用して、それらに記載されていた多数の原告の顧客に対し、ダイレクトメールにより美術工芸品のパンフレットを送付した上、電話をかけて購入を勧める等の販売活動を行い二〇〇〇万円以上を販売し、その利益は一〇〇〇万円を下らない。原告も被告会社も、通信販売により美術工芸品を販売する業務を営み、互いに同業者であり、被告会社の行為により原告の営業利益は減少した。原告の被った財産的損害は、右同額と推認できる。

(2) 本件顧客情報は、原告に、顧客一人当たり三万五七六三円の利益をもたらしている。そして被告丙山が四八〇三名分の顧客名簿を持ち出し、被告会社がこれを同社の営業活動に用いたため、原告の顧客に対する信用が失墜し、多数の顧客が失われた。少なくとも五割が失われたとして逸失利益を算定すると、八五八八万四八四五円となり、一〇〇〇万円を下らない。

(3) 原告は、リストマネージメントの会社であるペン株式会社と契約を結び、同社の仲介により、原告の自社商品販売のために顧客にカタログを販売するに際し、他社のパンフレットを同封するという方法で、原告の顧客リストを他社に利用させる業務を行っている。この利用料金は一回につき、基本料四万円に顧客一人当たり五〇円を加算したものである。

使用料相当の損害額は、被告会社が入手した顧客名簿(顧客数四八〇三名)を利用して、年平均一一回、五年の間カタログを送付するとして算定すると、以下のとおり一五四〇万八二五〇円となり、一〇〇〇万円を下らない。

(四八〇三×五〇+四万)×五五=一五四〇万八二五〇円

(二) 信用毀損損害

被告会社が原告の顧客に対して販売活動を行ったことにより、顧客の間に原告の販売活動との混同、あるいは原告が顧客名簿を横流ししているとの疑いが生じ、原告の信用が著しく毀損され、右の点を金銭に評価すると五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

被告らの不正競争行為と相当因果関係のある弁護士費用損害は一五〇万円である。

(被告会社の反論)

本件名簿の顧客層と被告会社の顧客層は異なり、被告会社は本件名簿を使用しても営業成績は向上しなかった。不正競争行為と原告の損害との間に相当因果関係は存在しない。

4  差止め及び廃棄請求権があるか。

(被告会社の主張)

被告会社は、原告に対し顧客名簿をすべて返還し、現在所持していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件顧客情報の営業秘密性)について

1  前記第二、一2の事実、証拠(甲三号証、七及び八号証、九号証の一及び二、一〇号証、一三号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

原告は、本件顧客情報から選別した多数の顧客に対して、美術工芸品のカタログをダイレクトメールで送付して商品を販売することを主たる業務としている。右顧客情報は、原告が長年にわたって、自社商品を販売することによって得た顧客に関する住所、氏名、電話番号、購入歴等の情報である。

原告における本件顧客情報の管理状況は、以下のとおりである。

先ず、原告は、本件顧客情報を同社の専用コンピューター内にデータベース化して格納し、同社の全役員、従業員に対し、それぞれ個別のパスワード(毎月変更される。)を与え、右パスワードを使用しない限り本件顧客情報を取り出すことができず、第三者がこれを取り出す余地はないような工夫をし、また、ディスプレーで表示する際には、各部門が必要とする最少限度の顧客情報を表示するようなシステムを採用している。

また、本件顧客情報を出力し、紙に印字する場合には、顧客セレクト依頼書の用紙に必要事項を記入し、販売担当役員及び情報管理室担当役員の押印を得た上で、情報管理室の操作担当者に作業依頼すること、出力の操作手続を知る者は三名のみとしていること等により、他の者が右役員の了解なしに本件顧客情報を出力することはできないように工夫している。

印字された顧客名簿については、使用後シュレッダー等で処分することを原則とするが、保存する場合には、施錠されている保管室に保管し、七年経過後に、原告従業員立会いの下に、専門業者に焼却を依頼するようにしている。印字された顧客名簿を外部へ持ち出す場合には、顧客名簿社外持出許可書の用紙に必要事項を記入し、社長の決裁を受けることとしている。

就業規則第五八条(会社利益の擁護)において、社員は、会社が指示した秘密事項を自己の担当たると否とを問わず、一切外部に漏らしてはならず、証人などで秘密事項を発表しなければならないときは、原告の許可を受けなければならない旨の規定を設けている(なお、被告丙山は、原告在職中、原告あてに、職務上知り得た本件顧客情報を第三者に漏らさないこと等を内容とする誓約書を提出し、さらに、原告を退職するに際しても、平成九年一〇月二八日付け書面で、改めて退職後も本件顧客情報を第三者に漏らさないこと等を内容とする誓約書を提出している。)。

2 以上のとおり、原告が本件顧客情報について秘密として管理していた態勢、本件顧客情報の性質、内容等に照らすならば、本件顧客情報は、不正競争防止法二条四項所定の「営業秘密」に該当する。

二  争点2(被告らの不正競争行為の有無)について

1  前記第二、一1及び3の事実、証拠(甲二ないし五号証、六号証の一ないし一一、一二号証、一四、一五号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

被告丙山は、昭和五四年から原告に在職していたが(昭和五七年ころ、半年ほど他社に在籍したことがある。)、平成九年六月ころ、商品企画部特別開発担当次長の職に就任し、その後、同年一〇月二八日に原告を退職した。

平成九年八月ころ、原告の情報管理室で情報処理の仕事に従事している野崎久美子は、被告丙山から各商品受注者の購入履歴を調査する社内業務に用いるという理由で、指定する商品の受注者リストの作成・出力を依頼され、以後、数回にわたり、同様の作業の依頼を受けるようになり、右野崎はその都度、本件顧客情報を打ち出して被告丙山に交付した。その際、本件顧客情報取得について社内で定められていた手続は踏まれていなかったが、右野崎は、被告丙山が当時商品企画部の特別開発部門の次長の職にあって幅広い業務を担当しており、次長という幹部職の指示でもあったこと、及び被告丙山が比較的急いでいたことなどから、疑問を抱かなかった。なお、被告丙山が右野崎から交付された本件顧客情報を、原告の営業活動のために用いたことを認めることはできない。

平成九年八月ころ、被告会社代表者の白川は、同社が開設しているインターネットホームページで被告会社の概要を知ったという者から本件顧客情報を一五万円で購入した。

前記の経緯によれば、本件顧客情報を被告会社に売却したのは、被告丙山であると推認するのが相当である(なお、本件に関連して、原告から被告会社に対して申し立てられた保全手続の際に、被告会社は、原告に対し、本件顧客名簿を原告に返還している。)。

同年一〇月ころ以降、原告は、その顧客から、住所・電話番号は原告にしか教えていないのにもかかわらず、被告会社から電話でのセールスがあった、という苦情を受けるようになった。右事実によれば、被告会社が本件顧客情報を利用して営業活動をしたことを推認できる。

2  以上の事実を前提として、被告らの不正競争行為の有無について検討する。

(一) 被告丙山について

被告丙山は、平成九年八月ころから数回にわたり、原告の商品企画部特別開発担当次長という立場を利用して、正規の手続を踏むことなく、実際には本件顧客情報を第三者に売却する意図であったのにもかかわらず、情報管理室の操作担当者に虚偽の事実を述べ、本件顧客情報を取得して、社外に持ち出して、これを被告会社に売却したから、右行為は、詐欺により営業秘密を取得する行為、又はこれを開示・使用する行為(不正競争防止法二条一項四号)に該当する。

(二) 被告会社について

本件全証拠によっても、被告会社の代表者である白川が、被告丙山をして本件顧客情報を持ち出させたこと、被告丙山が不正の手段により原告の営業秘密として管理されている本件顧客情報を取得した事実を知っていたこと、又は知らないことにつき重大な過失があったこと(不正競争防止法二条一項五号)を認めることはできない。また、本件顧客情報を取得した後に、悪意で本件顧客情報を使用して営業したこと(不正競争防止法二条一項六号)を認めることもできない。

したがって、原告の被告会社に対する主張は理由がない。

三  争点3(被告丙山が原告に与えた損害)について

1  逸失利益について

被告丙山が被告会社に本件顧客名簿を売却し、被告会社が、本件顧客情報を利用して営業活動をしたことは前記のとおりである。しかし、本件全証拠によるも、被告会社が右営業活動によって利益を上げ、そのために原告の得べかりし利益が減少したこと、又は、原告が使用料相当の損害を受けたことを認めることはできないので、原告の逸失利益に関する主張は理由がない。

2  信用毀損について

被告会社が本件顧客名簿を用いて電話やダイレクトメールによる営業活動をしたことにより、原告は、相当数の顧客から、本件顧客情報を外部に横流ししたとの疑いをかけられ、苦情を受けたことは前記のとおりであり、原告は、被告丙山の不正競争行為により、信用を毀損されたと解すべきである。そして、原告の主要な業務形態が顧客名簿を通じた通信販売活動であること、本件顧客情報の外部への漏洩は、顧客に対する信用を失墜させ、原告の営業活動に支障を来す恐れがあると考えられること、被告丙山の本件顧客情報の不正取得の態様等を総合考慮すると、原告の信用が毀損されたことによる損害額は、九〇万円と解するのが相当である。

3  弁護士費用について

被告丙山の不正競争行為と因果関係のある弁護士費用に係る損害額は、一切の事情を考慮して一〇万円が相当である。

4  そうすると、被告丙山の賠償すべき損害額は、合計一〇〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

被告丙山については、不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争行為が認められるから、同被告は同法四条に基づき一〇〇万円の損害賠償金を支払う義務がある。

被告会社については、不正競争行為は認められないので、同被告に対する同法三条の差止め、廃棄及び損害賠償請求も認められない(なお、廃棄請求については、原告が被告会社に対して申し立てた保全処分に際して、被告は、既に顧客名簿を返却し、現在、被告会社が顧客名簿を所持していることを認めるに足りる証拠はないので、この点からも失当である。)。

(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官沖中康人 裁判官石村智)

別紙物件目録〈省略〉

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